ブラック企業や最悪の状況から抜け出した方の成功例

「ブラック企業」に勤めている方々とお話しする機会がありました。

①    「ブラック企業から逃れることができる」と言われるけれど、僕にはどうしてもできません
②    「ブラック企業を辞めようと思って自分の将来をイメージしてもどうしてもうまくいかない」

 お二人ともブラック企業で正社員として働いている方々です。

最近メディアでよく取り上げられている「ブラック・バイト」ですが「正社員」としての肩書はお彼らにとってかなり足かせになっているようです。
彼らは長い間ブラック企業でのバイトを経験し、ようやく得た正社員職がまたブラック企業でした。年齢が20代後半の男性で、結婚したい相手がいるので、正社員と言う身分を捨てるのがこわい、退職したいがすぐに次の仕事が見つかるとは思わない、というのです。

このホームページでも記していますが、私自身も一流企業のブラックで勤務した経験がありますので、ブラック企業の大変さ、そこから抜け出すことの難しさはよく理解しているつもりです。
その時の私は31才でしたので、この方々と環境は似ています。
私の場合既に結婚しており子供が6か月だったこともあり、この正社員職(しかも世間的には「若者のあこがれの企業」という人気企業でした)を辞めることは「自分がわがままを言っているような」気がして、うしろめたさすら覚えました。

ここの勤務はとにかくむちゃくちゃで「夜8時、9時まで営業は帰ってくるな」と言われ、夜9時から営業会議が深夜終電車ぎりぎりまで毎日のように続きました。
休みが日曜日だったのが急に火曜日に変更になったり、残業代がつかなくなったり、病気で倒れた部下の営業担当の補充をしてくれない状態が1年以上続き、私は3人分の仕事を続けました。その間の残業代はつきませんでした。

二年目に営業課長になりましたが、ほとんど給与は上がりませんでした。それに課長として3人分の仕事をこなすために深夜、休日勤務をしましたがその手当が一切でないわけです。

さらにある常務の給料を聞いた時がくぜんとしました。当時の私の給料より200万円ほどしか差が無かったのです。31才課長と59才常務の給与差がこれだけしかないとは、夢も希望もなくなりました。運よく役員になってもこれだけしかもらえないのかとがっかりしたものです。

私はもうこの年令の時には17才から始めていた「なりたい自分の姿」を持っていましたので、課長になった時点では「ここは自分のなりたい姿を実現できる場所ではない」と感じていました。
転職組としてこの会社に採用が決まった時は有頂天で、身内もまわりの知人も「運がいいねえ、あんなに有名な会社に入れるなんて」と喜んだり、うらやましがったりしてくれました。

しかし内実はひどいもので、新人課長研修で役員の一人が「この中で仕事より家庭が大事と思う者は手を挙げよ」と言われたので、私ともう一人の男性が手を挙げました。するとひどい罵声をあびせられ「お前らは辞めてしまえ」と言われたほどでした。
このようにみんながうらやむような一流大企業でもブラック企業はあるのです。

中小企業の多くは創業者社長が自分の夢やしたいことを実現するために創設された組織ですから、組織論やチームワークは二の次で、オーナーの言う通りに動くよう期待されることが多いようです。
このような会社は王様のようにふるまうオーナー社長によって運営されているので、そこで働く人々は大変な思いをすることが多いです。

このような方へのアドバイスは「自分の人生をブラック企業ごときに支配されてはいけない」ということです。
従業員を大切にしないようなオーナー社長のために自分の人生を台無しにする必要はありません。

 「じゃあ、どうやって次の仕事を探すんだ?」と聞かれると思います。
今までみなさんはどのような思いで仕事を探してこられたでしょうか?ふりかえって考えてみましょう。

たぶん次のようなものではないでしょうか。

「次は何をしたらいいんだろうか?」
「求人案内で自分にできそうな仕事はどれだろう?」
「最低でも30万円は欲しい」
「すぐにでも仕事をしないと食べ物も買えない」

このような追い詰められた気持ちで探してこられたことと思います。

その気持ちはよくわかります。私もこのブラック企業を辞める時はそのような状況でしたから。転職にあたって何か月も失業状態が続いたこともありました。それでも「なりたい自分の姿」を毎日考え続けることで、それを実現するCompetencyが目覚めてくれるのを確信することで、絶対に必要な仕事や方向がみつかります。あるいは助けてくれる人が現れます。

ある方からのメールに次のような成功例が書いてありました。(文章の「てにおは」「改行」など少し池田が修正しました)

 58才で解雇され、2年間失業していました。ずっと求職活動をしていましたがこの年令なのでどうしても希望年収の800万円以上の仕事はみつかりませんでした。家のローンがたくさん残っているのでどうしてもこの金額が必要なのです。
200社以上応募しましたが、面接に至ったのは3社だけでした。500万円にまで希望年収を下げていましたが、だめでした。
自分で会社を起こしましたが、商材はほとんど売れませんでした。
それでもこの2年間ここで学んだ『なりたい自分の姿』を毎日思い続けていました。
どういう方法で「年収800万円以上で自分の望むライフスタイル、自分の望む姿」が成就するのかは分かりませんでしたが、必ず自分のCompetencyが助けてくれると信じていました。
「新しいCompetencyが目覚めるのか」「既にあるCompetencyが新たな分野へと導いてくれるのか」分かりませんでしたが、頑張って毎日信じて実現する日を待っていました。
目につく気になる色々なビジネスにトライしました。周りからすれば「悪あがき」のように見えたことと思います。
「警備員でもなんでもいいから複数のバイトを掛け持ちしてでも働いたら?」という知人もいました。でもその方法ではいくら頑張っても800万円は得られないし、自分のビジョンから遠のいてしまいそうだったので、求職活動と自分のCompetencyが示してくれそうな仕事をいつも試していました。
試した仕事が15件目くらいになり、貯金もあと6か月できれいになくなると言う状況になった頃、10数年前に世話になった上司に就職あっせんの手紙を書こうという気になりました。彼とは喧嘩別れしていたので、どうしてそう思ったのかは分かりません。それでもCompetencyがそれをうながしてくれているのかもしれないと思い、数日迷った末プライドを捨てる思いで彼に助けを求める手紙を書きました。
しかし、彼からは何の連絡もありませんでした。
それでも「なりたい自分の姿」を忘れず毎日考え続けていました。
半年して「いよいよもう貯蓄が底をつく」状況になったある日、突然その元上司から連絡がありました。「君に任せたい仕事がある」との話しでした。
10数年ぶりに彼と会い、以前の非礼を顧みず就職あっせんなど失礼な手紙を書いたことをわびると「気にするな。君の才能が必要と思ったから来てもらいたいんだ」と言われました。
彼から示された報酬は1200万円。なりたい自分の姿そのとおりのライフスタイルが実現できる条件でした。
どうしてこのようになったのかは分かりませんが、言えるのは「10数年前に喧嘩別れした元上司に就職あっせんの手紙を書いていなければこの仕事はなかった」ということです。
そしてその仕事は私の以前からあったCompetencyを活用するもので、元上司が評価してくれていたものでした。
私はこれに加えて、同じようなオファーを別の会社からももらい、複数の企業の仕事を請け負うことで希望年収の2倍を得ることができました。
これらは私が想像したこともない方法で与えられましたが、私がいつも注意を払っていたことで情報を見逃さずにすんだことが重要だと思います。
Competencyが私にいつも働きかけてくれたのだと思います。」

(以上、彼のメールより許可を得て転記)

このように方法はわかりませんが「道は色々な方法で示される」ということです。

ブラック企業を辞める決心をし「なりたい自分の姿」をしっかり見すえ、自身のCompetencyが示してくれるささやきや、方向を決して見過ごしにせずあらゆる方法を試してみる時、必ず道は開けます。

私自身もこのような経験を何度もしてきました。ですからこの方法は必ず多くの人に幸せな生活をもたらすものと確信しています。
 ぜひ、ブラック企業で今苦しんでいる人でもこれらの方法を試してみて下さい。

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